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怪しいプチコラムと銘打ったものの、実は怪しくもなんともない結構マジな話かもしれないです。実際。みーすてのテンションでは語れないちょいマジ話をかなり愚見ですが、語ろうかと・・・。 |
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![]() 結構このコーナー 大変なんス・・。 |
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みーすてーしょんが、余りにもふざけたコーナーである為に、汚名返上の為はじめたこのコーナーも、今回で第6回目を数えようとしている。しかし、徐々にみーすてーしょんとの違いが判らなくなって来た感がある・・・。そうか・・・結局そうなんだ。私は、どう転んでも、ふざけたキャラになってしまうのかも知れん・・。そう思いつつ、反省をする日々である。しかし、不思議なこともあるものだ。まじめなコーナーは勿論であるが、この下らないアホアホコーナーをいいぞっ!!と言ってくれる方々も若干ながら居るらしいのだ。嗚呼、なんて嬉しい言葉だろうか!!こうなったら、踏ん張りがんばり続けるしか道はないのだ。・・・がっ!!!しかーーしっ!!正直、何も判らない分野であるが故、ネタが切れてきたのが事実・・・。 また期間が経てば、語りたい業界ネタがわんさか出てくるのかもしれないが、今現在は相当ネタ切れ・・。しかし、『The・専務!!』の如く、更新する方が珍しい様な年中休業コーナーにしてはイカンっ!!と心に固く誓い、当分はネタ切れを補う為に、このコーナーのコンセプトにもなっている『ちょいマジ』というのを柱に、業界以外のマジな話をしていきたいと思う。 んで、今回のテーマは『読書』についてである。あいにく私は、個人サイトを持っており、(http://www2.odn,ne.jp/buruo/)しかもそら恐ろしいことに毎日更新している。それも、更新時間はたいてい朝5時〜6時の間。下手な新聞屋よりも早いという訳だ。故に、本物の『ぶる夫とヨシ子まにあ』ならば、新聞で日本中のニュースを読むより先に、昨日の奴らの様子を知るというわけだ。 |
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![]() ヘビーの極み ドストエフスキーは 相当好きな作家の 一人。 |
そんなペースで更新をしているという事は、言い換えれば日々文章を書いている訳で、それはそれは大変な作業なのである。あいにく、私は昔から文章を書くのが好きなタイプの人間で、このように文章を考えつつキーを打っているのも、全く苦痛ではないのだ。しかし、ナマジ文章書き故に、『ことば』に関しては、イマイチ自信がない。一応、『国文科』なるあまり役に立ちそうもない学科を出ているのだが、なにせ私の大学時代といったら・・・。それこそ、怪しさの極みにて、学校にいつ行っていたのか?してなぜ卒業できたのか?未だに謎なくらいのものである。よって、国文のコの字も学ばずに、今に至ってしまったわけなのだ。しかし、もともと文章が好きなので、当然のことながら、趣味は読書である。しかも、『暗い・重い・ワケが判らない』といったヘビーな内容の物が最も好きで、それを読破するのに挑む自分の姿が好きだったりするわけだ。 |
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そんな奇妙な私の趣味を見事叶えてくれたのは、やはりロシア文学。重いわ、ワケ判んねえわ、暗っれーわで、最高に良かった。こういった類の作品は、最近売れているような読みやすいを売りにした作品よりも、ずっと奥が深く、繊細なことばが散りばめられているのだ。しかし、本当に読書が好きでないと、まず間違いなく挫折してしまうのだ。私も始め、ロシア文学に触れた際、一度投げ捨てて諦めたのだ。しかし、奇妙な反発心を呼び起こされて、再び挑んだのである。結局、今やロシア文学は面白いと心の底から思えるようになった。ロシアに限らず、日本人作家でも好きなタイプと嫌いなタイプが居る。まず、一等好きなのが、太宰にミシマ。いかにも自殺志願者っぽい暗いバックグラウンドがたまらない。また、全然ジャンルが異なるが、タニザキと遠藤周作、司馬遼太郎においてはほぼ全ての作品を読破した。外国作品は、新潮文庫から出されている名作といわれるシリーズもたいてい読んだはずだ。逆に、現代文学も時々目を通す。芥川賞などを受賞した作品は、一通りチェックする。現代文学で好きなのは、やはり私もオンナなのだろうか!?江国香織は大好きだ。言葉一つ一つが素敵過ぎで、彼女独自の世界観が素晴らしい。また、中国の歴史文学も相当読み倒した。司馬はもちろん、一番好きなのは宮城谷昌光さんの春秋時代の作品。面白すぎて、読み終わるのがもったいないと幾度も思った。 そんなこんなで、私の読書熱は物凄いもので、何冊ブックオフに売り飛ばしたか判らない。しかし、逆に全く読んだ事がないジャンルもある。基本的に『名作』派である為に、サスペンス系やミステリー系はほとんど読んだ事がない。面白くないわけではなく、読み終わった後の充実感や、考えさせられる余韻がない為だ。 何故本を読むのか?という問いに対して、私的には『娯楽』という答えは考えられないのだ。あくまでも、人生のさまざまなことに対する答えを解き明かす為の教材であると考えている。故に、娯楽というジャンルでくくられてしまう作品には興味が微塵もないのだ。但し、そう言った点で例外な作品がある。所謂詩集であり、目下のお気に入りは中原中也である。とにかく、ことばがこんなにも美しいのかと感激しきりなのだ。ヘビーな内容の作品を立て続けに読みあさり、疲れてきた頃に目を通すような読み方をしている為に、常に枕元に常備しておくようにしている。 こういった詩やら短歌・俳句といった類のものを読むと、日本語の素晴らしさを改めて感じるのだ。また同時に言葉と文化の密接な関わりをも読み取ることが出来る。例えば、英語と日本語の最も大きな違いは主語と述語の位置関係である。『私はあなたを愛している』という文章は英語で『I love you』となり、これだけでも十分に日本人とアメリカ人の文化の違いを読み取ることが出来るはずだ。『私はこーで、あーで、こーだからあなたを好きなのよ。』と表現する日本語に対して、英語は『俺様は好きなんだ〜〜。好きや〜、好っきやねん、お前が』という感じだ。なんとストレートで判りやすい言語だろうか!?故に、評論文等には最も適した言語といえるだろう。なぜなら、曖昧さの余地が無く、日本で言う侘び・錆び感、また余白の美しさ的な感覚が希薄な言語だからだ。こうして考えれば必然的に、日本語は詩歌に適した言語といえる。故に日本語で綴られた詩歌というものは読まずには居られないのである。 嗚呼、今回はすんごい内容になってしまいましたね。っつーか、俺りゃあ本なんて漫画しか読まねえよという方々には、面白くもなんとも内容だったかと思います。しかしこの秋は是非とも1冊でもいいので、何かの作品を読破し、日本語の美しさと素晴らしさを実感してもらいたいと思った次第であります。 |
![]() 日本人作家の 暗さの極みといえば ミシマにダザイ。 読んでいるだけで 気分が沈んでくる。 ![]() 遠藤周作は キリスト教信者故 宗教がらみの 作品が大半だが 最高に面白い。
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